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名古屋地方裁判所 昭和51年(ワ)1647号 判決

原告

カネハツ食品株式会社

右代表者

加藤幸太郎

右訴訟代理人

楠田堯爾

右同

楠田仙次

右両名訴訟復代理人

佐尾重久

被告

株式会社間組

右代表者

遠藤巌

右訴訟代理人

山田賢次郎

右同

奥平力

右同

羽田辰男

被告

株式会社中日地所破産管財人

松永辰男

主文

一  被告両名は原告に対し、各自金二五〇〇万円及びこれに対する昭和五一年八月二四日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社中日地所破産管財人は原告に対し、金七五〇〇万円及びこれに対する昭和五一年八月二四日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告両名に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを六分し、その一を原告、その一を被告間組の各負担とし、その余を被告株式会社中日地所破産管財人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一億円及びこれに対する昭和五一年八月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

被告両名

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求原因

一  被告株式会社間組(以下被告間組という)は、土木建築その他工事の測量、設計、施行の請負及び受託、不動産取引及び不動産の保有並びに利用等を業とする株式会社である。また訴外株式会社中日地所(以下訴外中日地所という)は、不動産の売買及び仲介を業とする株式会社であるところ、昭和五一年八月二六日、名古屋地方裁判所において破産宣告を受け、被告松永辰男が同会社の破産管財人に選任された。

二  被告間組取締役名古屋支店副支店長小川陽一から、被告間組所有の別紙目録記載の不動産(以下本件土地という)の売買について代理権を付与されていた訴川中日地所は、昭和五〇年六月三日、被告間組の代理人として原告との間に、被告間組を売主、原告を買主として、本件土地について左記の売買契約を締結し、右同日原告は被告間組代理人訴外中日地所に対し手付金五〇〇〇万円を交付した。

1  売買代金 金三億四一七五万九〇〇〇円

2  手付金 金五〇〇〇万円

3  履行期 昭和五〇年一〇月七日(但し、その後昭和五一年五月一〇日に変更)

4  違約金の約定 売主に違約あるときは、買主は催告のうえ契約を解除でき、この場合売主は受領した金員を買主に返還するほか、さらに手付金と同額の金員を買主に支払う。

三  仮に右小川陽一が、被告間組名古屋支店の支配人又は表見支配人に該当せず、また被告間組から本件土地の売却及び代理人選任の権限を付与されていなかつたとしても、被告間組は、以下述べるとおり、本件売買契約上の責任を免れない。

1  小川陽一は、被告間組取締役であり、かつ名古屋支店副支店長として、名古屋支店における事業及び営業全般に関する基本的代理権限を付与されていた。したがつて、原告としては、右のような基本的代理権がある以上、当然同人が、同支店において、同会社所有の不動産を売却するための対外的交渉、不動産業者の選定及びこれに対する代理権の付与、売却条件等の決定権限を有するものと信じ、同人の委任した代理人訴外中日地所と本件売買契約を締結したものであり、仮にこれらの行為が副支店長としての基本的代理権限の範囲を超えていたとしても、同人の行為は、民法一一〇条による表見代理に該当し、被告間組は本件契約上の責任を負担する。

2  本件売買契約当時、訴外中日地所が、被告間組から代理権を付与されていなかつたとしても、昭和五〇年九月頃、名古屋千種区覚王山所在の料亭井善において、被告間組は名古屋支店副支店長小川陽一を介して、原告代表者加藤幸太郎に対し、本件売買契約を追認した。

3  仮に、本件売買契約が、訴外中日地所と原告間における被告間組所有地を売買目的としたいわゆる他人間の売買契約であるとしても、被告間組は、本件土地に関する右契約を、前記小川陽一を通じ、或は訴外中日地所を介してこれを承認し、直接本件土地を原告に対し所有権移転することを約諾した。したがつて、被告間組は、本件契約違反に基づく損害金支払義務がある。

四  以上述べたとおり被告間組は、本件売買契約上の義務を負担するにいたつたところ、同被告は、昭和五一年二月五日原告に対し、本件土地を売渡す意思のないことを通知し、その後も同契約の履行に応じないので、原告は同被告の債務不履行を理由に、昭和五一年五月一一日本件売買契約を解除した。

五  被告間組は、本件売買契約の際手付金五〇〇〇万円の交付を受けながら、本件契約に違反し、その履行をしないから、違約金の約定により、受領した手付金五〇〇〇万円及びこれと同額の違約金五〇〇〇万円、合計一億円の支払義務がある。

また訴外中日地所は、本件売買契約の代理人として、かつ本件土地の取引に介入した不動産取引業者として、契約の本旨に従い、本件売買契約が支障なく履行されるよう事務処理をすべきところ、この義務を履行しなかつたことにより、本件契約不履行の結果を招来させ、原告に対し、前記損害を与えたものである。したがつて、被告間組と連帯して、原告の受けた金一億円の損害を賠償する義務がある。

六  仮に、被告間組において、以上に述べた本件売買契約上の責任を負わないとしても、同被告は、以下述べるとおり、民法七一五条の使用者責任を免れない。

すなわち、小川陽一は、被告間組の名古屋支店副支店長であり、同被告の被用者であるところ、同人は、被告間組の被用者として、本件売買契約締結のための売却権限及び代理人選任権限等を有しないのに、直接又は訴外中日地所を介して原告に対して、本件土地売却の意向を示し、かつ本件売買契約締結に関する代理権を、訴外中日地所に委任する旨の言辞を弄し、このため原告は右小川の言動を信じて本件契約を締結し、これによつて手付金五〇〇〇万円を訴外中日地所に交付し、同額の損害を受けたものである。小川陽一の右言動は当時被告間組が、本件土地を他に売却し、代替地を物色していた状況下になされたもので、同被告の事業の執行又はこれと同一の外形を有する。被告間組は、これによつて原告が受けた損害金五〇〇〇万円について、右小川の使用者として賠償する責任を免れない。

また、被告間組が本件売買契約上の責任を負担しない場合、訴外中日地所は、同被告を代理する権限なく本件売買契約を締結したことになり、無権代理人として、又は他人である被告間組所有の土地を売買の目的とした売主の義務として、いずれにしても、本件売買契約上の違約金一億円の賠償義務を免れない。

七  よつて、原告は被告らに対し、各自本件売買契約解除に基づく違約金一億円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五一年八月二四日から支払ずみまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  請求原因に対する答弁〈以下、事実省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、昭和五〇年六月三日、被告間組所有の本件土地について、売主を訴外中日地所、買主を原告とする原告主張のような内容の売買契約が締結され、右同日訴外中日地所は原告から右契約に基づく手付金五〇〇〇万円を受領し、訴外中日地所作成名義の原告宛領収証を原告に交付したことが認められる。

二ところで、原告は、右売買契約は、売主を訴外中日地所と表示した契約書(甲第二号証)によつてなされているが、同訴外人は、被告間組から本件土地の売渡権限を委任され、被告間組の代理人として締結したものである旨主張するので、まず、この点について検討する。

1  まず、原告の右主張にそうものとして、昭和四九年七月一〇日付の被告間組名古屋支店長作成名義の訴外中日地所宛の本件土地に関する不動産売却委任状写(甲第一号証)が存在する。しかしながら、〈証拠〉によれば、原告代表者は、右委任状を、本件売買契約の際、訴外中日地所代表者秋元八朗こと黒川利男からそのコピーを示され、原本及びその真偽を確認したものでないことが認められ、さらに乙イ第一号証(支店印、支店長印使用承認簿)によれば、被告間組名古屋支店では、支店長印を使用した場合の承認簿を備付けており、これによつて、支店長印使用書類の作成の時期及び書類内容を明確に記録しているところ、被告間組が訴外中日地所に対し、委任状を交付したのは、昭和四九年七月一三日名古屋市中区錦町所在の土地建物の売却に関するもののみであり、その後同訴外人に対し、被告間組名古屋支店として委任状を交付した事実はないこと、右委任状交付にかかる契約はその後解除されたが、委任状は訴外中日地所に交付されたまま回収されていないこと、被告間組名古屋支店としては、委任状を作成する場合、内容を白紙のまま委任することはなく、前記名古屋市中区錦町所在の不動産の売却に関しても、右不動産の表示が明記されていたこと、本件土地の委任状(前顕甲第一号証)のうち、物件種別及び表示欄の本件土地の表示部分のタイプ字体と他の部分のタイプ字体が異ること、昭和五〇年六月三日の本件契約について、その委任状が昭和四九年七月一〇日に作成されることは、特別の事情のない限り不自然であること、証人秋元こと黒川利男は、右委任状を被告間組名古屋支店副支店長小川陽一から交付をうけた旨供述しながらも、その原本の所在及び右交付の時期を明確にできず、同証言が措信できないこと、等の情況を総合して考えると、結局右委任状は、昭和四九年七月被告間組が訴外中日地所に対して、別件不動産売却の際交付した委任状を、訴外中日地所において偽造し、本件売買契約の際これを冒用したものと認めるのが相当であり、同書証の存在をもつて本件売買契約締結における訴外中日地所の代理権認定の資料とすることはできず、ほかに右認定を動かすに足る証拠はない。

2 次に被告間組名古屋支店副支店長小川陽一が、訴外中日地所に対し、被告間組の代理権を付与する権限を有していたかどうかについて検討する。

まず、右小川陽一が、被告間組の取締役であり、名古屋支店副支店長の地位にあつたことは当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によると、昭和五〇年当時、被告間組においては、不動産の購入売却に関する権限はすべて本社の常務会又は事務本部長の決裁事項となつており、支店長、副支店長にはその権限がなかつたことが認められる。また乙イ第四号証(職務権限規定)によれば、被告間組においては、支店長は、支店の各部門を管掌し、支店の事業計画及び業務運営等に関する権限を有し、副支店長は支店長を補佐し、支店長事故あるときはその職務を代行する旨の職務権限規定を置いていることが認められるが、〈証拠〉によれば、支店長及び副支店長の右各権限は専ら、支店内部における運営に関するもので、対外的な包括的代理権限を付与されたものではないこと、及び昭和五〇年当時、名古屋支店には、支店長尾崎申一が在任執務し、副支店長が支店長を代行する必要のなかつたことが認められ、また右以外に小川陽一が本件土地に関し、被告間組から限定的、個別的に売却及び代理人選任の権限を付与されていた事実を認める証拠もない。したがつて、被告間組の事務分掌上及び限定的・具体的な権限付与の面からみて、小川陽一は、本件土地に関し、なんらの権限もなかつたものと認めるのが相当である。

ところで、小川陽一は、被告間組名古屋支店副支店長の地位にあつたから、この地位を法律的にみた場合、支配人又は表見支配人に該当するかどうかが問題とされよう。しかしながら、支配人は営業主に代つてその営業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有するものとされているところ、前記認定の被告間組の職務権限規定及び〈証拠〉を合わせ考えれば、小川陽一がかかる支配人的地位になかつたことは明らかであり、かつ同人について、支配人登記がなされていたことを認めるに足る証拠もない。また表見支配人とは、本店又は支店の営業の主任者たることを示すべき名称を付した使用人であり、被告間組名古屋支店において、同支店長がこれに該当することは、その名称及び〈証拠〉並びに前顕職務権限規定上から明らかなところである。ところで、副支店長は、支店長が事故のある場合その職務を代行する立場にあり、支店長に次ぐ地位にあることは前記認定のとおりであるが、商法四二条にいう表見支配人は、その支店における首長の名称を有する者のみを指すものと解するのが相当であり、支店長が現実に在任し、業務に従事している限り、副支店長はこれに該当しないものと解せられる。

以上述べたとおり、小川陽一は、訴外中日地所に対し、被告間組の代理権を付与する権限はなかつたものであり、右小川にかかる権限があつたことを前提とする原告の主張は、その余を判断するまでもなく、採用できない。

三次に原告は、右小川陽一は、被告間組名古屋支店副支店長の権限を基本的代理権として、訴外中日地所を同被告の代理人として選任したものであり、右小川に右代理人選任権がないとしても、少くとも表見代理関係が成立する旨主張する。しかしながら、前記説示のとおり、小川陽一の副支店長として有する権限は、支店内部における業務管理運営上のものであり、被告間組を代理して対外的法律行為を行う権限を有していたとは認められない。したがつて、同人について、表見代理の基礎となる基本的代理権限そのものを認めることができない。原告の右主張は採用できない。

四さらに原告は、本件売買契約が、契約当時被告間組との間に有効に成立しなかつたとしても、その後被告間組は、名古屋支店副支店長小川陽一を介して本件売買契約を追認し、又は訴外中日地所を介してこれを承認し、本件土地の所有権移転を約諾した旨主張するが、仮りに右追認又は承認の事実があつたとしても、本件全証拠によつても、小川陽一又は訴外中日地所において、被告間組を代理して追認又は承認する権限があつたと認定できない。したがつて、原告の右主張も採用できない。

五そこで、民法七一五条の使用者責任の主張について検討する。

1 まず、本件売買の経緯について検討する。

(一) 〈証拠〉を合わせ考えると、次の事実が認められる。

被告間組名古屋支店では、かねてから、本件土地が、機材センター、社員寮等として狭く、道路も狭いことから、同土地を売却して、郊外に適地を獲得することが計画されていた。この計画は、地元不動産業者にも知れわたつており、昭和四九年夏頃には、訴外中日地所代表者秋元こと黒川利男がこれに関する商談を被告間組名古屋支店に持込み、その他数名の不動産業者からも同支店宛に右売買についての問い合わせがあつたが、同支店としては、代替地として適当な候補地のなかつたことから、この計画を実現することが困難な状況にあつた。以上の事実が認められる。

(二) 次に、〈証拠〉を合わせ考えると、次の各事実を認めることができる。

本件土地の売買については、昭和五〇年三月頃、この話を聞き込んだ不動産業者田中邦雄、同近藤進らが、これを北陸銀行金山橋支店の水野支店長を通じて原告代表者に伝えたところ、原告代表者は、本件土地を分割してその一部を買受ける意向を示したことから、昭和五〇年五月初旬頃右近藤、田中らは、被告間組が真実本件土地を売却する意向であるかどうか、売却するとして、売却条件がどのような内容であるか等について確認するため、被告間組名古屋支店を訪れ、同支店副支店長小川陽一と面談したところ、同副支店長から、本件土地が売買物件であること及び売買は一括売買であり、分割売却をしない旨を聞き、これを原告代表者に報告し、原告代表者もこれを了承した。ついで、同月三〇日頃、右近藤、田中らは、同業者としてかねてから知合いの訴外中日地所代表者秋元こと黒川利男から、本件土地の売買に関し、被告間組の重役と協議する旨の連絡を受け、訴外中日地所社長室に赴いたところ、同所に右黒川及び小川副支店長が在室し、右四名同席の席上、右小川陽一から「本件土地の売買に関しては、間組になり代つて中日地所にやらせるから了承してもらいたい。」旨の言明があり、同席者もこれを了承し、右田中、近藤らは、この経緯を原告代表者に報告した。その後、本件売買契約の直前、北陸銀行金山橋支店において、水野同支店長、右黒川利男、原告代表者、右近藤進、田中邦雄らが参集して、売買代金等売買契約の具体的内容に関し、協議を経たうえ、昭和五〇年六月三日、訴外中日地所本店において、原告代表者、右黒川、近藤、田中、北陸銀行金山橋支店水野支店長らが集つたうえ、本件売買契約がなされた。右席上、原告代表者は、右黒川から前記認定のような、本件土地売却に関する被告間組名古屋支店長名義の偽造の委任状のコピーを示されたが、そのさい、特に原本及びその真偽の確認を要求せず、また、本件売買契約書(甲第二号証)には、売主訴外中日地所、買主原告の表示がされ、売主被告間組との間の契約となつていなかつたこと、及び本件土地の権利証の提示もなかつたが、本件土地の所有者が被告間組であり、訴外中日地所が同被告を代理して契約するものであることを前記水野支店長、田中、近藤らから聞いていたため、右表示についてもこれを確認することなく契約書を作成し、訴外中日地所代表者秋元こと黒川利男に手付金五〇〇〇万円を交付した。その後同年九月七日名古屋市千種区覚王山所在の料亭井善において、原告代表者は、右黒川同席のうえ、右小川陽一副支店長と初めて会い、会食を共にしたが、その席上、右小川から本件土地の明渡を一か月ほど延期してもらいたい旨の要請をうけてこれを了承し、その後同月一六日頃原告代表者は右黒川から要求されるまま、本件土地の売買の中間金として金一億円を右黒川に交付した。しかし、右手付金五〇〇〇万円、中間金一億円(但し、中間金一億円は、同年一一月一〇日右黒川から原告に返還されている。)が、右黒川からさらに小川陽一に交付されたかどうかは、全証拠によつてみても、必ずしも明確でなく、さらに、右各金員が被告間組に支払われたかどうかについては、この交付を認めるに足る証拠はない。また本件売買契約は、昭和五一年二月五日被告間組から原告に対し、本件土地の売却権限を訴外中日地所に委任したことがないこと、本件土地を売却する意思のないことを通告したことから不履行となつたが、訴外中日地所は、受領した手付金五〇〇〇万円を原告に返還しないまま倒産するにいたつた。

以上の各事実を認めることができ〈る。〉。

2 そこで、以上の認定事実を前提として、被告間組の使用者責任を考えてみるに、小川陽一は、前記説示のとおり、被告間組名古屋支店副支店長として、本件土地売却に関し、被告間組を代理するなんらの権限もないのに、その権限を濫用して、本件売買契約に先だつて「本件土地は売買物件であり、一括して売却する。」「本件土地の売買に関しては、間組になり代つて中日地所にやらせるから了承してもらいたい。」等の言辞を弄し、契約後、原告代表者と初めて面談した際も本件土地の明渡期限の延期を求めるなど、原告代表者をして、被告間組所有の本件土地を買受けられるものと誤信させ、これによつて、原告会社に手付金五〇〇〇万円、中間金一億円を出捐させ(中間金一億円はその後返還されている。)、右手付金五〇〇〇万円の回収を不能ならしめたものである。もつとも、原告代表者が、右の誤信をするにいたつた一因は、秋元こと黒川利男の巧妙な画策に乗ぜられたこと、同人から偽造の委任状コピーを示されたことも挙げられ、右小川の言動のみがすべてではないが、これが原告代表者をして売買を決意させるにいたつた主因をなしていることは否めない。小川の右言動は、被告間組が本件土地を売却し、他に適地を獲得しようとしていた背景のもとに行なわれたものであり、同人の言動が、客観的には、被告間組の事業執行の外形を有していたものであることは明らかである。したがつて、右小川の言動は、故意又は少くとも過失による不法行為にあたり、被告間組は、同人の使用者として、これによる原告の損害を賠償すべき筋合いである。

しかしながら、右の場合、小川の言動が、被用者の職務権限内において、適法に行使されたものでないことを相手方(被害者)が知り、又は重大な過失によつて知らなかつたときは、被害者は、その使用者に対し、使用者責任を請求しえないものと解すべきである(最高裁昭和四二年一一月二日判決)ところ、これを本件についてみるに、本件土地の売買は、総面積1万0270.76平方メートル(約三一一二坪)、売買代金三億四一七五万九〇〇〇円に及ぶ膨大な面積の土地及び価額のものを対象とするものであるのに、原告はその取引に関し、他の不動産業者を介して、同支店副支店長のみと接触し、同支店の首位にある同支店長に対し、なんらの確認方法をとらず、右小川副支店長の口頭による訴外中日地所への委任の言明を右不動産業者を介して聞いただけでこれを信用し、契約の際提示された偽造委任状がコピーであるのに、その原本の存在及び真偽についての確認を怠り、さらに売買契約書の当事者として、売主被告間組との関係を示す表示がされていないのにこの点の確認もせず、結局契約にいたる過程で、直接被告間組関係者と面談することなく本件契約を締結し、訴外中日地所に手付金五〇〇〇万円を交付し、同訴外人作成名義の領収証を受領しているもので、これらの状況を合わせ考えると、本件においては、訴外中日地所代表者秋元こと黒川利男の画策に乗ぜられた点があるとはいえ、原告としても、本件のような規模の取引に関し、全般的にみて軽卒の誹りを免れない。結局本件売買契約において、原告は、前記小川陽一の言動が、適法な業務執行でないことを重大な過失とまではいえないにしても、少くとも相当程度の過失によつて知らなかつたものといわざるをえない。

被告間組は、同被告の使用者責任に関し、原告の重過失を主張するが、その趣旨は、仮りに重過失の程度に至らないとしても、その過失は、過失相殺の対象として主張するものと解せられるところ、右認定の原告の過失及び本件の諸般の事情を斟酌すると、原告の過失は損害額の五割と認定するのが相当と考えられる。

3  本件売買契約が、被告間組に売却意思のなかつたことから不履行となり、原告から交付された手付金五〇〇〇万円が回収不能となつていることは前記認定のとおりであり、被告間組は右金額を小川陽一の使用者として、原告に対し、損害賠償すべきところ、原告には前示過失があるので、右被害額の五割を減じた金二五〇〇万円を賠償する義務があり、これを本件売買に加担した訴外中日地所と連帯して支払うべきである。〈以下、省略〉 (加藤義則)

目録〈省略〉

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